2006年08月26日

声なき声 〜Voice of the Voiceless〜 遠い日の出来事2


Voice of the Voiceless


今回取り上げさせて頂いているSOSで活動されている団体さんのうちの一つ、
和歌山にあるNPO法人、VOVさんの「VOV」とは、
上記のVoice of the Voiceless(声なき声・声なきもの達の声)の略称です。
このフレーズ、全国、全世界で数え切れないほどの辛い思いをしているワンコさん、ネコさん達の気持ちを見事に代弁しているフレーズに聞こえてなりません。


今日のブログはこの言葉を中心にしてコメントしてみます。


前回の話同様、今から20年近く前の話になります。
先日お話したベルを失った執事家は、本当に悲しみにくれていました。
それから暫くワンコさんの居ない生活が続いていたのですが、私の父が仕事先でこういう話しを聞いたといいます。


「仕事先が犬飼ってるらしいが、引き取り手を探してはるらしい。」


そしてその後、強烈な言葉が続きました。


「奥さんが犬嫌いで、屋上で飼ってるらしい。」


当時は今と同じ暑い暑い夏の時期で、ただただ驚愕するばかり。
話は即「引き取ろう」という話になりました。


数日後、学校通いだった私は引き取り現場に行けず、両親が赴くことになります。
帰宅後、二頭のワンコさんが居ました。3歳のヨークシャーテリアでした。
ベルと犬種がかぶります。やはり小学生乍らも気持ちは複雑です。


しかしうち一頭の子は、様子がおかしいです。
毛が抜け落ち、目が真っ白。どうやら全く見えない様子。


そう・・・引き取り現場ではこんなやりとりがあったそうです。


両親が病院に赴くと、そこの奥様が迎え入れて下さり、


「屋上はここからあがれます。私は犬嫌いなので、どうぞ勝手に持って行って下さい。」


屋上に行くと、二頭とも飛びついてきたといいます。


実はこの二頭、奥様の娘様が飼われていたそうで、よくドックショーにも出しており、毎日毎日可愛がっていたそうです。
ところが、娘様は結婚で海外に行くことになり、日本に彼らを置いていくことになったのですが、奥様は犬嫌い、突然に今まで大事に部屋に居た彼らはいきなり冬は寒風ふき倒し、夏は暑さとコンクリートの照り返しの灼熱地獄で過ごすことになります。しかも小型犬用のバリケン一つで・・。


片方の毛が抜け、目が失明してしまった子は、あまりの落差に精神的ショックを受けてしまい、悲惨な状態になってしまったようです。どれだけ辛かった事でしょう。
どれだけ色々な方法でアピールした事でしょうか。


まさに、人間が「声なき声」を理解しようとしなかった悲劇だと執事は考えています。


その後5年彼らは生きてくれました。名前は、毛がフサフサの子には、先代ベルの名前をそのまま引き継いで貰い、片方の問題のある子には、当初「ナナ」(7月に我が家に来た事から付けた名前です)と名付けていました。
ところが暫く経過したある日、その病院の看護婦さんが、その「ナナ」の「血統書」なるものを持参して来て下さいました。
未だにその血統書は僅かながらに撮影した写真と共に残してありますが、彼らの世話は看護婦さんが丁寧にやってくださっていたそうです。
しかし「ナナ」の状態は日に日に酷くなり、前述の酷い状態になってしまったそうです。
世話をする度に辛くて仕方がなかったそうで、我が家に来て大事にされているんですね・・・良かったです。と言われて帰られました。


血統書から、「ナナ」には兄弟が数頭おり、母親、父親ともチャンピオン犬であることが判明しました。当然彼にも正式な名前があります。
せっかく名前があるのだから・・・と、改名することになります。


「アーサー」という名前です。(笑)



彼らは結局、5年間生き、ご隠居ことメリーの小さい頃も大事に世話してくれた後、メリーに看取られながら逝きました。双方とも8歳でした。


子供の頃も、そしてええ年になった今もそうですが、執事は血統書うんぬんかんぬんには何一つ興味はありません。(あくまでも私の観点ですので)その一つの命が元気で居てくれれば、あとは何もいりません。元気に生活してくれればそれで良いんです。


彼ら二頭の悲劇は、犬嫌いという事が足かせとなり、彼らの「声なき声」が聞こえなかったことにあるな・・・と思い返しています。
当然彼らは日本語を話せません。人間語は話せません。
しかし目を見たり、態度を見ればわかってきます。。ただ、犬嫌いな人にはやはり届かないのだろうか・・・やはり複雑な気持ちです。

未だに執事が悔やむのは、「声なき声」という言葉に、もっと早く出会いたかった・・・いや、子供なんだから仕方ない。理解しずらいとはいえ、複雑な気持ちが入り交じる三十路前の執事でございます。。。

ニックネーム パール姫の執事 at 22:49| Comment(0) | TrackBack(1) | 過去の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月23日

遠い日の・・・その1


belle1.jpg





いや、そんなに遠い日でも無い。
自分にとっては、思い出せば胸は締め付けられ、つい最近の事のように思う事・・。


WEBを巡回していますと、色々なワンコレスキューな話が後を絶ちません。
腹立つやら、悲しいやら、情けないやら・・。
日本の動物愛護団体、そして個人で活動されている数え切れない皆さんは、水面下で、そして大々的に含めて沢山の方が、色々な思いと方向性をもって活動されています。多数のワンちゃんがレスキューされる話が最近かなり多い感じがします。(単に自分が無知なんでしょうが。)

こういった方々の活動を拝見させて頂くにつれ、最近ふと思い出した事があります。。
いや、思い出すまいとしていたのかも・・。
まずは20年前の話・・。


当時執事家では室内犬は飼っていませんでした。当時離れの家があったのですが、そこにMIX犬の「ゴン」という犬が居ました。離れの家とは、私の父の弟が住んでいて、母屋である私たちの住んでいる家では手狭で、彼がかわいそうなので離れに外飼いしていたようです。当時執事は小学生低学年でした。
ある日、近所がざわつきます。(案外狭いコミュニティー・・苦笑)
どうやら犬がどこかから脱走して来て、近所のおうちの納屋に逃げ込んだということ。
その話を聞いて、すぐに私と母親とでそのおうちに飛んでいったことを覚えています。
後から判明したことですが、推定年齢5歳のヨークシャーテリアの男の子。
怯えきり、手を出そうとすると牙をむき、完全に人間不信。体にはあちこち傷があり、血がにじんでいました。
このままだと化膿して大変なことになる。とにかくここから出そうと、半ば強引に出して家に連れ帰りました。(強引でないと彼は出てきてくれなかったんです。)
結局このまま執事家に居ることになります。彼の名前は「ベル」と呼ぶことにしました。
人間不信はずっと続き、最終的には母親にはなつきましたが、私と父親には敵対心むき出しで牙をむき続けました。
そして6歳を迎えたある日。。
ワクチンの注射のため近くの獣医氏の所に赴き、注射を施してもらいました。母親が付き添ったのですが、その時の鳴き声に違和感を覚えたと言います。


「注射をさした場所がおかしい・・キュン!!・・なんて声で鳴いた。」



その日のうちに容態は急変。今まで何の問題もなく元気だったベルは全く立ち上がれなくなり、急に寝たきり。獣医に電話すると、「そのまま放置してくれ。」と言う。
母親パニック。執事もどうなったのか事実を把握できない。
あくる日、土曜日でした。学校から執事が帰宅すると、母親、大粒の涙流して玄関で出迎え。。。




「・・・ベルが死んだ」





執事ただただ「えーーーーーーーーーーーーーーーーーexclamation&question」と叫ぶのがやっと。
あれだけ元気だったのに。。敵対心むきだしで吠えまくってたのに。。
亡骸は寝ている状態そのものでした。体はとても冷たく。ゆすっても動かない。
何度名前を呼んでも動かない。目をあけてくれない。。。


執事が生まれて初めて、「死」というものに直面した日でした。
執事が帰ってくる直前、それまで息が荒いものの寝ていたベルは、突然に痙攣を起こし、そのまま逝ってしまいました。6歳。いくら小型犬とはいえ、あまりにも早い死、そして全く納得のいかない死でした。
母親は泣きながら病院に駆け込みました。「動かない。返して欲しい。生き返らせて欲しい。」と。。
勿論そんな事叶うはずもありません。。ベルは動きません。


その日一日泣き続けました。ずっと泣いていました。


その日の夜、祖父が線香とお経をあげてくれ、家族みんなで弔いました。
そして・・・荼毘に付されました。。




何年経過しようが、執事の気持ちの中に重くのしかかる出来事です。
だからこそ、こういったレスキュー話を見るにつけ、どうしようもない怒りに苛まれるのかも知れないです。。


写真は家に来て確か数ヶ月後だったかと思います、ポラロイドで撮影したものです。
この他に父親に抱っこされている写真がありますが、残っている写真はたったの二枚です。
この若々しい元気な姿が一変するとは誰が想像したでしょう。。


明日は第二弾をお話してみようと思います。。
ニックネーム パール姫の執事 at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする